——外側を磨き続けた男が、無意識の力に気づくまで
二十年以上、「組織を変える」仕事をしてきた。成果主義の人事制度を設計し、グローバル人材育成のプログラムを作り、リーダー開発の研修を届けた。数百社に関わり、数千人と話した。
でも、ある問いが消えなかった。
なぜ制度を変えても、組織は変わらないのか。
制度は変わる。仕組みは整う。でも人の意識は変わらない。一人ひとりの内側が動かなければ、どんなに洗練された設計も、表面をなでているだけだ。その問いに向き合い続けた先に、今の自分がいる。
外側を極めた時代
早稲田大学を卒業し、富士銀行(現みずほ銀行)へ。その後、組織人事コンサルティングの世界に入った。外資系ファームで、ゼロからチームを立ち上げた。コンサルタントとして磨いたのは、分析力、言語化力、論理の構築力だった。
当時の僕の世界観はシンプルだった。問題を正確に定義すれば、解は見つかる。見えないものは数値化する。感情よりも構造を、直感よりも根拠を。外側にあるものを精緻に設計することが、プロの仕事だと信じていた。
「ガイアの夜明け」に取り上げられ、著書を出し、BBT大学の教壇に立ち、世界人材マネジメント協会のVice Presidentになった。外側から見れば、順調だった。

崩壊という本治
しかしある時、会社が崩れ始めた。負債は一億円を超えた。資金が回らない夜が続いた。社員が去り、詐欺師に騙され、訴訟を受けた。
コンサルタントとして経営を教えていた人間が、経営の最前線で崩れていた。「リーダーに強さはいらない」という本を書いた人間が、最も機能しないリーダーになっていた。
追い詰められた夜、水風呂の中で気づいた。あらゆる問題の根っこにあったのは、制度でも戦略でもなかった。「自分を大切にしない」という体質だった。
自分の内側から切り離れたまま経営していたから、周りの孤独にも気づけなかった。問題が起きるたびに標治を重ねた。でも根っこにある体質には、ずっと手をつけなかった。
> 本当の変容は、自分に帰ることから始まる。
東洋医学が言語を与えてくれた
横浜呉竹医療専門学校で鍼灸・あんまマッサージ指圧を学び始めたとき、長年の問いに言葉が与えられた。
東洋医学には「標治」と「本治」という概念がある。標治とは目の前の症状を抑えること。本治とは体質そのものを整えること。
| 外側の世界 | 内側の世界 | |
|---|---|---|
| 意識 | ⟷ | 無意識 |
| 理性 | 感性 | |
| 言語 | 身体 | |
| 標治 | 本治 | |
| 制度・仕組み | 体質・文化 |
組織コンサルティングでやってきたことの多くは、標治だった。対立するチームに介入し、業績が落ちた部署にキャンペーンを打つ。その場は収まる。でも根っこが変わらなければ、同じ問題が手を変え品を変えて戻ってくる。
本治の眼差しとは、「問題を見るのではなく、問題を抱えている人を見る」ということだ。身体も、組織も、人の心も——みんな同じ構造をしている。

統合という道
コンサルタントを極めていった先に、論理の限界、言語の限界があった。分析で切り取れないものがある。言葉にした瞬間に逃げていくものがある。
外面の世界と内面の世界。意識と無意識。理性と感性。どちらかが正しいのではない。どちらも必要だ。そして、両方を生きた人間だけが、統合という道を歩める。
人と組織の無意識を扱う。体質そのものに触れる。それが「人と組織の治療家」という自分の本領だと、今は確信している。外側の精緻さと、内側への眼差し。その両方を持って、人と組織に関わっていく。
RETURN——自分に帰る場所
今、神奈川県茅ヶ崎市の海辺に「RETURN Chigasaki」という場所を作ろうとしている。鍼灸、タイ古式マッサージ、心理カウンセリング、コーチング、経営コンサルティング——それらが一つの場所で交差する、リトリートの空間だ。
組織における本治も、個人における本治も、根っこは同じだ。本来、自分たちがここに集まっている意義と目的に帰ること。それは多くの場合、意識されていない。無意識の奥に眠っている。
治療家として誰かに触れながら、自分もまた「本当の自分」に触れ続ける。外側を磨き続けた半生があったからこそ、内側の世界の深さがわかる。両方を統合して、初めて届けられるものがある。
> 本当の変容は自分に帰ること。 > — RETURN Chigasaki
